Posts categorized “ふとおもうこと”.

色々悩んだけど

娘が生まれて、
ハイハイしたり、たったり、歩いたり
話したり

成長して行く過程で

自分のことに必死だと

娘に向き合えないっていうのをずっと感じていて

だから、どうにかしたくて
色々動くけど、
どうにも なかなか 変化しない感じをどうしたものか?と
思っていた時に

前から読んでいた、メルマガの文章を読んで
これなら、実践して抜けれるかもというのを見つけました。

内容は前から他で読んでいて、気になっていたものが
全部くっついて、系統立てて書いてくれていて
ああ、ぼんやりとしていたところが
はっきりする
頭を整理してもらえるような感じでした。

色即是空
空即是色

とりあえず、実践してみようと思います。

焦りと刺激

娘の入った幼稚園は、けっっっっっっこう親の参加率が高いところなので
私は、未だに、作家活動もせず、
陶芸も再開せず
過ごしていますが。

たまに、周りの方を見て焦るのですが

まあ、
こんな、
子育てという不自由ながらに自由な時間って短いし

それよりも
子どもと関わることで 生じる刺激や世界が
新しいシナプスの回路を作ってくれるようで
作りたいものの幅も増えるし
行く場所も変わるから、みるものの幅も広がるし。

この期間は
蓄積期なんだと。

たまに、焦るけど

刺激をもらえる、刺激による発想を貯める時期なんだろうって
ありがたく 過ごしています(#^.^#)

ハートとピンクとリボン

娘のくれる刺激はとても新鮮で。

娘の欲しいもの、反応するものも新鮮。

私はリボンやハート、ピンクなど全く興味なかったので

反応している娘を見て、
なぜ?私はハートやリボンに興味がないんだろう?と探ってみると

使われ方がチープで嫌いなのだと、

ハートつけておけば、喜ぶでしょう?
ピンクにしとけば、女の子、喜ぶでしょう?
リボンつけとけば、いいんでしょう?
的な!
ひどいものは、
とりあえず、全部入れときましたので〜
買ってね。的な!

いやいや、ハートにももう少し尊厳を与えて欲しいなとか

リボンにも、どう入れたら美しいと感じるか、もう少しひねりが欲しいなとか。

ピンクにもいろんな色があるでしょうに、
質感だってあるでしょうに。

ハートの作者って誰なんだろう?
どうもかなり昔からあるそうだけど。
もし、作者がいたら、こんな風にチープに使わないでくれ!って怒るかな?
印税入るとしたら、すごいんだろうな。

、、、、、また、どうでも良い想像をしちゃっったなあ。。。

作ろう。娘と。

すごく、恵まれている時代と国に生まれてきたんだと思う。

しかも、今は主人が働いてくれていて
私は娘とゆっくり、好きなことをさせてもらっている。

娘の相手をずっとするのは、大変だし
主婦業は休みがない。。、でも
やっぱり、会社組織で働く能力の低い私には
ずっと、やりやすい作業。

でも、時間があるからか?
色々考えてしまう。考えさせてもらえる。

私はどう生きたいのか?
娘をどう育てたいのか?というのを考えるから
余計にそう考えるのかもしれないが。

いろんな情報が溢れている。
その情報が、全て本当でもないし、
自分に、合う、合わないがあるのも感じる。

しかし、揃っている。

欲しい情報は探せば得られる。
材料も入手できる。
これまでにいろんな経験をさせてもらえて
良いものも見せてもらってきた。

さて、どうしたい?

とにかく、娘と日々、作る日々をやってみたい。
やってみよう。

作った先に見える世界。
作ることで生まれるコミュニケーション
作ることで伝えられる、何か。
作ることで、残せる思い出。

娘に残せるものは お金も頑張る!けど
日々の暮らしに 寄り添えるのは
愛されているという感覚。

私が愛してると伝える一番得意な手段は作ること。

やってみよう。

いえ

「建具が素敵なおうち」

と言われて、みさせていただいた お家。

「建具が素敵?建具?」
って意味がわからなかったのだけど
そこへ行って、見て、意味がわかった。

ああ、自分が今まで見てきて建具は
「なんちゃって材(ベニヤに木の薄いシールが貼ってあるだけのもの)
を使っている、ハリボテ建具だったんだなあ、、、」と。

素敵な建具は
木を使って、もちろんプリントではない木目があって
重厚感があって、経年によるシール剥がれではなくて
味が出ていて
そして、雰囲気がそれ一つでも、作品のように美しい。

でも、そこのおうちに行かなければ
「建具が素敵」
という、助言がなかったら
気がついてなかったかもしれない。

今まで、いかに偽物の中で暮らしていたかということを。

知っていて、それを選ぶのと
知らなくて、それしか、選択肢がなくて選ぶのとでは
違うよなあって思う。

昔、リカちゃん人形のおうちの壁の
プリントの壁紙や、シールの時計のチープさに
なぜ、立体じゃない?って憤慨していたが
まさか、今、自分がシール貼っただけの扉や
柱に囲まれて暮らしてるなんて、

シュールだわ。

タイル

前に何かの雑誌で、とても綺麗なタイルのキッチンが載っていて

そのタイルが緑色で しかも全部同じ色でなく。
ああ、こんな、タイル素敵だなあ。って探したけど

均一的で、綺麗なものはあるんだけど
一枚一枚が個性を放ちつつ
土から生まれたよって、語りつつ
でも、人間が作ったしね。焼く場所で色が変わったの。
っていうような、
自由なタイルがない。

そして、色がまた、綺麗。で
そんな色もない。

この色をキッチンの壁に使う人がいるって
日本のハウスメーカでは、思わないのかな?
どうせ、白でしょ?って思ってるのかな?
採算性がいいからかな。

つまらないな。

テレビ

アマゾンのプライム会員なので
それなら、と、テレビにスティックを挿してしまい
「テレビ見たいもの、見放題」
な、環境にしてしまった。。。。

ら、

やっぱり、娘は好きなものを見る。
子猫のチーだったり
ピーターラビットだったり
ドラえもんだったり。。。

で、そこにテレビをつける時間を割くので
いわゆる、「テレビ番組」を見なくなってしまった。。。。

で、久しぶりにテレビ番組を見ると

ニュースは悲惨なものばかり写していて
見てるだけで、悲しくなるし、
辛くなるし、気分が萎えてくる。

情報番組は
「これが流行ってるからねー」なんて言って
「ああ、こうやって、購買するものを洗脳されていくんだなー」
って冷静に感じる。

または、どこもかしこも、同じ情報を流してる。
もう、見たんだけどな。その話。っていうのをいろんなチャンネルで扱っている。

宣伝は小気味良くて、パッッパって信号が脳に知らずに入っていく感じ
ああ、こうやって染まっていくのねえ。私たち。

と、冷静になれて、面白い。

祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

これきいた時は、中学生ながらに
感動したなあ。

気がついた頃には
真実ってなんだろう?と探していて。
でも 諸行無常 と聞いて
すごく腑におちて。気が楽になって

それでも、しつこく、どこかで「真実」なるものを「答え」をもとめていると

「これは 絶対いいよ。やってみて、確信するから」
と、いろいろ、熱く勧められることに。
そんなに「 絶対 」っていうなら、体験してみよう
やってみようって 動くけど。

結局
「あの人に絶対でも、私には絶対とまでには思う事ができない」
と、なる。
残念ながら、腑に落ちないのだ。
それはそれで、少し寂しくもある。
何かを「絶対」と盛り上がっている中で同じテンションになれないし、
熱く勧めてくれた厚意に応えられない。
でも、腑に落ちてない自分を偽って、絶対、とも言えない。
たまに、やってみるけど、凄く疲れる。

そして、再び、諸行無常だな。
というところに 戻ってくる。

だけど、この前私の中で
「これは絶対、だな」
と、思える事が見つかった。

それは、「私は作る事が楽しい。」

という事だ。

前々から、言ってきたけど。

これは、私にとってとても大事なものだな。と、腑に落ちた。
なんか、清々しい気分で背筋がのびた。
私には、これでいい。と。

でも、人には強く勧めない(o^^o)
人によって、絶対、やら、良い悪い、気持ちいい、悪いは
違うから。

そこは、やっぱり、諸行無常に戻るのだ。

おこもり

この予定を終えたら
あと この約束を終えたら

と、無理してダウンしたので

とりあえず、おこもり。

そこで、いかに自分が外に意識をむけていたか
じわじわ じわじわ 感じてきて

車で出かけた帰り、夕方に、泣く娘に謝りながら
でも、運転しないと帰れないしと、私も泣きながら
出かけてたのは、何故だろう?
一体、何を目指していたんだろう?

家で充分楽しめるのに
どうして 外へ出てたんだろう?
予定入れてたんだろう?

などなど。

振り返ってみると、
そんなつもりはなかったけど
ちゃっかり、キラキラママを目指してしまっていたんだなーと。
最初に買った、たまごクラブに載ってた芸能人ママ。
「そりゃ、ないわ」
と思いながらも、コッソリ憧れ、脳裏に焼き付いてるもんなー。

いやはや
いやはや

無理したねえ。私。

誰に何を報告しなくても、評価されなくても
いいじゃないか。

と、思え始めたから
もう少し おこもりいたしましょう。

自分すき

実はエステ通ってました。

ただのエステではありません。

美肌再生という、そんなことできるのか?

と、知った時はビックリした、エステでした。

それが、昨日で一旦卒業となりました。

肌の調子がよくて、まさかの早めの卒業。

嬉しいと同時に、なんとも寂しくなりました。

 

でも、肌は綺麗になってきてたし白くもなったし。

鏡見るの嫌じゃなくなったし

なんか、生きるのも楽になりました。(大げさなんだけど)

そして、自分をすきになれました。

肌が綺麗じゃないと自分をすきになれない。という意味ではないです。肌を綺麗にしてもらっていった過程の中で、やっと、自分をすきと言えるようになったのです。

自分の中に、いつも、私をジャッジする、批判する自分がいて、何をしてもダメ出しがはいるし、反省させられるし、何をしても、どこかいつも辛かったのです。

それは、チビぽぽちゃんを産んでから、ガッツリ向き合わされました。

なぜ、私はこんな事で怒るんだろう?

イライラするんだろう?

評価がもらえなくて虚しく思うんだろう?

そのあたりの私の心の不安定さが、チビぽぽちゃんを怒るという行為に集約されて、怒鳴る。

でも、怒った後に、怒鳴るのが必要な事だったのか?って思うとなぜイライラしたんだろうって振り返ると、そこにある理由は「人目を気にしている」というものでした。言い換えれば、「人目」と、名付けている「自分を批判する自分」の声ばかり聞いている。

自分が自分を認めれないから、他人の評価を求める。

でも、チビぽぽちゃんを産んでから主人は家事や育児に関して、けなしもしないし、褒めもしない。The ニュートラル。

家にいるから、頑張っても仕事のように評価を得れない。

し、なんなら、家事を描いた計画どおりこなせず、達成感もない。

評価が得れない。

のに、自分が自分を批判してくる。

それが辛くて、チビぽぽちゃんに八つ当たりする。

 

どうにかしないと、チビぽぽちゃんを傷つけてしまう。

この1番可愛い時期を満喫できない。

 

、、、、、、、、、という悩みぐるぐるの時に

エステに通っていました。

 

通う中で、いろいろお話聞いていただいたり、そこに対して目からウロコの助言を頂けたり。

お姫様のように、大切にエステしていただいて、帰る時にはピカピカになって。ウフフーって帰って。

毎日毎日、30分近くお肌のケアをして。でも、だんだん結果が現れてきて。

なんだか、鎧が一枚一枚剥がれていくように

今までの凝り固まった、いらなくなった考えや価値観もいっしょにクレンジングされて、

最近、

「あ、私、頑張ってるなあ。

頑張ってたなあ。

こんな事できたなあ。

あんな事やってきてたなあ。

できない事もたくさんあるけど。

ま、いっかー」

と、

 

やっと、

 

やっと、

 

思えました。

 

それから、生活するのが楽に。

ジャッジしてくる自分の声を、受け入れない選択ができるようになりました。

 

そしたら、

美肌再生のコースも終了に。

 

さみしいけど。

うん。

大丈夫。

大事な自分と一緒に夢叶えるんだ。

大事な自分と大切なチビぽぽちゃんと、主人といっしょに

楽しむんだーって。思えました。

 

美肌再生も、それ以外の、とっても欲しかったものも、手に入りました。

感謝しています。

HIME先生、りんご助産院様、本当にありがとうございます。