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作ろう。娘と。

すごく、恵まれている時代と国に生まれてきたんだと思う。

しかも、今は主人が働いてくれていて
私は娘とゆっくり、好きなことをさせてもらっている。

娘の相手をずっとするのは、大変だし
主婦業は休みがない。。、でも
やっぱり、会社組織で働く能力の低い私には
ずっと、やりやすい作業。

でも、時間があるからか?
色々考えてしまう。考えさせてもらえる。

私はどう生きたいのか?
娘をどう育てたいのか?というのを考えるから
余計にそう考えるのかもしれないが。

いろんな情報が溢れている。
その情報が、全て本当でもないし、
自分に、合う、合わないがあるのも感じる。

しかし、揃っている。

欲しい情報は探せば得られる。
材料も入手できる。
これまでにいろんな経験をさせてもらえて
良いものも見せてもらってきた。

さて、どうしたい?

とにかく、娘と日々、作る日々をやってみたい。
やってみよう。

作った先に見える世界。
作ることで生まれるコミュニケーション
作ることで伝えられる、何か。
作ることで、残せる思い出。

娘に残せるものは お金も頑張る!けど
日々の暮らしに 寄り添えるのは
愛されているという感覚。

私が愛してると伝える一番得意な手段は作ること。

やってみよう。

いえ

「建具が素敵なおうち」

と言われて、みさせていただいた お家。

「建具が素敵?建具?」
って意味がわからなかったのだけど
そこへ行って、見て、意味がわかった。

ああ、自分が今まで見てきて建具は
「なんちゃって材(ベニヤに木の薄いシールが貼ってあるだけのもの)
を使っている、ハリボテ建具だったんだなあ、、、」と。

素敵な建具は
木を使って、もちろんプリントではない木目があって
重厚感があって、経年によるシール剥がれではなくて
味が出ていて
そして、雰囲気がそれ一つでも、作品のように美しい。

でも、そこのおうちに行かなければ
「建具が素敵」
という、助言がなかったら
気がついてなかったかもしれない。

今まで、いかに偽物の中で暮らしていたかということを。

知っていて、それを選ぶのと
知らなくて、それしか、選択肢がなくて選ぶのとでは
違うよなあって思う。

昔、リカちゃん人形のおうちの壁の
プリントの壁紙や、シールの時計のチープさに
なぜ、立体じゃない?って憤慨していたが
まさか、今、自分がシール貼っただけの扉や
柱に囲まれて暮らしてるなんて、

シュールだわ。

タイル

前に何かの雑誌で、とても綺麗なタイルのキッチンが載っていて

そのタイルが緑色で しかも全部同じ色でなく。
ああ、こんな、タイル素敵だなあ。って探したけど

均一的で、綺麗なものはあるんだけど
一枚一枚が個性を放ちつつ
土から生まれたよって、語りつつ
でも、人間が作ったしね。焼く場所で色が変わったの。
っていうような、
自由なタイルがない。

そして、色がまた、綺麗。で
そんな色もない。

この色をキッチンの壁に使う人がいるって
日本のハウスメーカでは、思わないのかな?
どうせ、白でしょ?って思ってるのかな?
採算性がいいからかな。

つまらないな。

テレビ

アマゾンのプライム会員なので
それなら、と、テレビにスティックを挿してしまい
「テレビ見たいもの、見放題」
な、環境にしてしまった。。。。

ら、

やっぱり、娘は好きなものを見る。
子猫のチーだったり
ピーターラビットだったり
ドラえもんだったり。。。

で、そこにテレビをつける時間を割くので
いわゆる、「テレビ番組」を見なくなってしまった。。。。

で、久しぶりにテレビ番組を見ると

ニュースは悲惨なものばかり写していて
見てるだけで、悲しくなるし、
辛くなるし、気分が萎えてくる。

情報番組は
「これが流行ってるからねー」なんて言って
「ああ、こうやって、購買するものを洗脳されていくんだなー」
って冷静に感じる。

または、どこもかしこも、同じ情報を流してる。
もう、見たんだけどな。その話。っていうのをいろんなチャンネルで扱っている。

宣伝は小気味良くて、パッッパって信号が脳に知らずに入っていく感じ
ああ、こうやって染まっていくのねえ。私たち。

と、冷静になれて、面白い。

ヤイヤイ

森のようちえんの お迎え。

楽しかったかな?
笑ってるかな?
会えるな、嬉しいな

って、ワクワクお迎えに行くと

なんだかんだ、
ダレーン、ドレーン
と、しなだれたり
話を聞いてもくれないし
その上、なんだかイチャモンつけられる。

せっかく、お迎え来たのになあ。

って、ちょっと、イラってする。

でも、甘えてくれてるんだよねえ。
私、もう少し、大人な対応できたらいいんだけどな。

母の日

母の日が近づくと、
ああ、義母に何送ろう。。。って
そこがメインになるから
自分が母って気がつかないというか、実感無いというか。

しかし!しかしですよ!

昨日、娘の通う森のようちえんで
お迎えに行くと、
子供達がカーネーションを持ってきて走ってくる!

ああああああああ
なんて、なんて、素敵な光景だろう。
キラキラしていて
ああ、こんな経験できたんだなあ。私。

はなちゃんも、なんとなく照れ臭そうに
渡してくれたような。。。
興奮してて、おぼえてないなあ。(なんでやねん)

その花束につけてくれていた
折り紙で作ったものが独創的で(親バカだけど)

しみじみ
嬉しいなあ。

ハートーラムーラ

娘はいろんなものに名前をつけます。

それが、結構面白いので
たまに、
「この名前はなあに?」
と、聞きます。

1番のヒットは
「ハートーラムーラ」
私がお風呂で作った洗顔用の
もこもこの泡のことです。

あとは、
「レディー」
ベッドのこと

「トウテンコウ」
アイロンのことです。

なんか、面白い。

入園

早いもので、もう入園。

ちゃんと、しっかり遊んであげれなかった反省と。
やっと、お友達の中で遊んで、娘がスッキリしてくれる?嬉しさと。
束の間の時間、離れてしまう、寂しさと。

でも、去年から週一回の外遊びのできる
森のようちえん に、そのまま入るので
慣れてもいるし、みんな知ってる方だし。

入園式にスーツはいらないし。
気張らず、気晴れて入園式。

ただただ、よかったなあ。

ありがたいなあ。

出会いに感謝だなあ。と、思った1日でした。

はなちゃん、ここに連れてきてくれて、ありがとう。

3月 4月

この季節の、お別れだったり、新しかったりの気分は、
テレビのニュースキャスターの交代くらいでしか
感じてなかったけど。

娘が生まれて、この4月から、幼稚園。
そうすると、これから当分の間、3月、4月を経験することになる。

また、経験できるありがたさと
すでに、1年習ったリトミックの終了の3月の寂しさで、
感情移入して泣けてくるのが
いいのだけど、いいことなのかもだけど、
しんどい。

歳をとったからなのか
ニュースキャスターの交代も実は泣いている。
大して見てなかったニュースでも
キャスターが涙こらえている姿を見ると泣けてくる。

いつのことだか 思い出してごらん

などと、歌おうとすると、
泣けてくる。

娘が私のところに来てくれたおかげで、嬉しいも倍増、
怒りも倍増、悲しいも倍増、さみしいも倍増
いろんな感情が 入道雲のように、噴火のように、レーザービームのように
ズコーーーーーン
と 押し寄せてくる上に、
ここ何年かで、その感情にズブズブに浸ってしまうようになったので

たまに溺れている気がする。

まち

娘と3回目くらいの街へのお出かけ。

街だから、車も多いし、人も多い。

私は自分の心配をいろんな画像で想像してしまうから
一緒に、歩道を歩いていても
いろんな想像で、娘を縛ってしまう。

事故になったらどうしよう?怪我したらどうしよう?

しかし、娘には
歩道も公園も変わらない。植え込みの一段上がっているところに登って
歩いたり、競争ようと歩道を走ったり。

そうよね。ここが街ということも知らないし、
娘には、どこでも遊ぶところにみえている。

デパートに寄ったけど、デパートの通路で踊り始め、

ここは家じゃないから、やめてね。
と、何度か言ったけど。
聞いちゃいない。
楽しくて仕方ない。
踊りたい気分なんだから、踊っている。
あまり、踊らないでね。とも言いたくない。
だって、嬉しそうな姿は、やっぱり可愛い。

人が少ない平日だから
誰かに当たるとか、そういう迷惑はかけなかったけど。

大人の世界に、子供を連れていくと、娘に無理をさせてしまう自分と
その娘に振り回される自分に疲れるので
また、当分、街に行かないんだろうな。